
代表トレーナー 太田 優士
プロボクサー × 整体師。
心と体を同時に整える、BODYBOX G.O.A.T. の代表。

プロボクサー13年。整体師23年。辿り着いたのは、心と体を同時に整えるという答えでした。
幼い頃の私は体が弱く、運動にも自分にも自信が持てない子どもでした。そんな私を根底から変えてくれたのがボクシングとの出会いです。身体と真剣に向き合うことで、心まで少しずつ強くなっていく——その実体験が、今の私の原点です。
20年以上セラピストとして多くのお客様の身体づくりを支え、女性特有の心身の悩みに寄り添い続けて辿り着いた答えが「ボクシング × 整体メソッド」。あなたが一番輝くための第一歩を、私と一緒に踏み出しませんか。
アスリートの経験が原点に
13年間のプロボクサーキャリア、そして23年のセラピスト経験が、指導のすべてに息づいています。



経歴
- 01
ボクシングとの出会い
体が小さく虚弱体質で、自分に自信が持てなかった幼少期。小学生の時に見たボクシングの試合で、小柄な選手がチャンピオンベルトを巻く姿に強い憧れを抱きました。卒業文集に「プロボクサーになる」と夢を刻んだのが全ての原点です。
- 02
挑戦と挫折
16歳で福岡のジムに入門後、世界を目指し18歳で上京。東京の名門 角海老宝石ジムへ。19歳でプロデビューするものの、持病の腰椎分離すべり症・椎間板ヘルニアが悪化し手術。わずか4試合で一度は現役引退を余儀なくされました。
- 03
セラピストの道と二足のわらじ
地元福岡に戻り、自身の治療のために解剖学や栄養学、ケアの重要性を学び、21歳からセラピストへ。自身の体も回復し24歳で現役復帰を果たし、ボクサーとセラピストという「二足のわらじ」で挑戦を再開しました。
- 04
店舗オープンと右拳の粉砕骨折
施術家として多くのお客様の信頼を得て、27歳で「BODY BOX」の屋号を掲げて店舗をオープン。しかし、同年の試合で右拳を粉砕骨折。2度の手術を経ても完全回復に至らず、二度目の引退という大きな壁にぶつかりました。
- 05
ラストファイトと事業の拡大
ボクシングへの情熱を捨てきれず30歳で3年振りに再復帰し、無敗の日本ランカーと対戦するも惜敗。翌2013年に引退試合に勝利し現役を完全引退した後は、独自メソッド「深層筋リリース」の確立や体質改善サロンの経営など、事業の拡大に専念しました。
- 06
BODYBOX G.O.A.T. 設立
これまでのボクサー経験と、怪我を克服する中で培った施術・栄養・メンタルケアのノウハウを結集し、2022年11月1日にスタジオを設立。「ボクシング×整体」で心身を最高の状態へ導くサポートを行っています。
- 07
商標取得とFC展開
独自のメソッドである「パンチセラピー®︎」で商標登録を取得。さらに2023年8月にはフランチャイズ店舗として「BODY BOX G.O.A.T. 薩摩川内店」をOPEN。より多くの方へ心身の健康を届けるため、全国へと展開を広げています。
- 08
今後の展望と使命
『パンチセラピー®︎』をはじめとする独自メソッドを通じて、ストレス社会に生きる現代人の心身をケアすること。そして「0歳から一生涯の健康を支え、人生を豊かにする」を使命に掲げ、より多くの方へこの価値を届けるため、全国展開とサービスの進化へ挑み続けます。
メディア出演・掲載
これまでにテレビ・ラジオなど数多くのメディアでご紹介いただきました。
TV
断食(ファスティング)について、嵐の皆さんにお話しさせていただきました。
やる気を引き出すダイエットコーチとして紹介されました。
ダイエット講師として、太田式ダイエットをアドバイス。
DoSボディケアで、瞬時にウエスト−4cmのメリハリボディに。
DoSボディケアで、リポーターの体が驚きの変化を遂げました。
現役プロボクサーが手がける新感覚のボディケアとして紹介。
『夏の疲れを癒すサロン』でアスリートマッサージが大好評。
プロボクサーの経験を活かしたオリジナルのボディケアを紹介。
提携カフェで行うフットケアが紹介されました。
現役プロボクサーとしての引退試合の記録。
RADIO
九州の未来を担う社長として紹介されました。
ファスティングについてお話しさせていただきました。
正月太り解消についてお話しさせていただきました。

著書『もっと自分が好きになる!
究極のスリムダイエット術』
『もっと自分が好きになる!究極のスリムダイエット術』(太田優士 著/コスモ21・2018年11月刊)。食事制限なし・つらいトレーニングなし・ストレスなし・リバウンドなし——4つの「なし」で、いちばん欲しいボディを手に入れる。BODYBOX G.O.A.T.のプログラムの理論的支柱となる一冊です。